60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

書評?御礼

週刊現代』2月14日号
高橋源一郎「おじさんは白馬に乗って」の冒頭で、
拙著が登場していました。
今いちばん面白い雑誌は『ビッグイシュー』だ!
という話のネタふりなのですが、
こんなメジャーな媒体に露出できただけでも
ありがたいことです。


高橋源一郎賛辞を…、と思うのですが、
申し訳ないことに、ほんと小説読まない人間なんで…


80年代半ばに突然コピーライターという肩書きがついたとき
両村上とともに高橋さんの作品は、最近の小説事情は知っとこう
と思って読んだ記憶があります。なんか実験的なやつ。
小説類をほとんど読まないコピーライターって成りたつんかい?
という疑念をお持ちのむきもあるかもしれませんが、
なんとかなるもんです、が、ならないから転職したのかも。


今から思えば、人生でいちばん小説読んでたのは、
小学校高学年から中学の時期でした。
最初は、親の本棚をあさるところから始めたので
定番のエッセイから入って、北杜夫遠藤周作
山口瞳山本周五郎松本清張井上靖石川達三
あと、歴史小説推理小説
いやほんとに、50〜60年代のサラリーマン。
それから年頃なので、野坂昭如吉行淳之介どころか
大江健三郎の「セブンティーン」までエロ小説として読んでました。
その後、世界文学全集的なところに背伸びしましたが
スタインベックはええなぁ、くらいしか記憶ないです。
中学時代読書感想文が、ショーペンハウエル徳田秋声寺田寅彦
今から考えれば、不気味な子どもです。「心の闇」ですな。
ないし中二病


でも、結局血肉となってるのは、なぜか繰り返し読んだ
山口瞳山本周五郎松本清張みたいです。


とくに江分利満氏。大学で近世史やったのは
山本周五郎松本清張(無宿人別帳とか)の呪縛で
広告代理店に入ったのは、山口瞳の呪いだったようです。
最近、30数年ぶり「〜優雅な生活」を眺め返したのですが
おそろしいことに、ほぼすべてのエピソードを覚えています。
(最近では、昨日何食べたのかも思い出せませんが)


江分利満氏からの最大の刷り込みは、
江分利氏の父親の生き方への忌避感
だったような気がしてきました。
江分利父は、根っからの事業家・起業家で
浮き沈みの激しい人生を送ってきた人でした。
サラリーマンとして仕事を愛し、会社を愛し、家庭を愛し、
社宅を愛する江分利氏にとっては、否定せざるを得ない対象。
でも、自分の中にも父的なものはあって…
みたいな葛藤を、中坊の頃、どこまでわかっていたのか???


ただ、「オレもサラリーマンだろうなぁ」みたいなことは、
当時から思っていた節があります。中学生なりに、
江分利父を不気味で関わりたくない存在と感じた記憶があります。
こっちは母方も父方も、祖父の代から勤め人なもんで。
親類縁者も給与生活者ばかり。商売っ気ない家系です。
事業を起こす、店を構えるどころか、フリーランスで仕事する
というのも、どうも体質的にダメみたいです。
だから大学3〜4年生のゼミ生に向かっても
とりあえず定職に就こう、と言ってしまうのだと思います。


高校以降、新書の類を読むようになっていったのは、
小説読んでたら文筆業とか志しちゃわないか…
という危惧からだったような気がします。
わがままなので編集者にはなれないという自覚はあったのかも。
論説文読んでた方が、社会人としてツブシがきくやん、みたいな感覚?
小説家などは天性のひらめきのもんでしょうが、
学者的・リサーチャー的なことならコツコツやってれば、
自分でもそれなりになんとかなりそうと思ってたのかもしれません。
本読むくらいしか好きなことが無い子だったので
読書が趣味というよりは、少しはそれを生計にからめようと思ってたかも。
文学=バクチよりも地道に、地道に…
そんなことを考えていた高校生だったような。
結局文学部行くことになるにしても、その周辺で仕事を探すにしても
安定して食っていける文学部卒になりたい…


そんなあたりが自分の中のエブリマンなのだと思います
(って、高橋源一郎に話がいかない…)。