ヒキタクニオ『バブル・バブル・バブル』文春文庫、2019
を読んでいて、1984~96年の間、東京にいた頃のことを思い出す。
新橋にあったフロムエー担当だったので、こうした写真は懐かしい。
汐留の期間限定施設としては、パナソニックの東京パーンは記憶にあるが
パックス・コーポレーション「サイカー」は、なんかあった気もする…
でも、パワーグローブとか扱っている変な会社があった気はする…程度。
そうそう、1980年代、イラストの公募展、盛んだった。
会社同期入社のデザイナーたちからよく話は聞かされた。
バブルの頃、生来の天邪鬼ゆえに、あまり金を使わずにいた。
そして、それを原資に、1991~93年、大学院に行った。
今こうして自分があるのも、バブルのおかげなように思う。
ゼミ卒業生の肩書きが、ニュース編集長になっていたことに最近気づく。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000077.000019238.html
東京組も、みな、がんばれ~
明日から新学期。今日はもろもろ片付けと、準備と。