60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

退任の辞

f:id:sidnanba:20200331095705j:plain

 昨日は、オンブズマンとしての仕事で、大阪市内まで収録に。

 オンブズ組織ができるに至る発端は、13年前の「発掘!あるある大事典2」の件でした。志村けんさんのご冥福をお祈りします(私は、5人の中での一番のひいきは荒井注さんだったのですが)。

 あと佐々部清監督、泉水博受刑者の訃報も知りました。「チルソクの夏」、よかったのになぁ。

 

 さて、以下は学部長から一教員に戻っての感慨です。

 

 

**********************

 

 私は、3月31日をもって、4年務めた関西学院大学社会学部長の職を解かれました。

 

 この4年間を振り返った文章を、ぼちぼちとここで上げていこうかとも考えたのですが、まだまだ差し障りのあることも多そうなので、ごくごく簡単な総括だけを。

 

 まぁ、一言でいってしまえば、「いろんなJuggernaut(ジャガーノート)に巻き込まれ、なぎ倒され続けた4年間」という気もします。

 Juggernautのもとは、ヒンディー語のJagannath(ジャガナート)で、「神の化身、またその神像の呼称、昔信徒はその山車(だし)に熱狂して殺到し、それにひき殺されれば天国にいけると信じた」と辞書にあります。そこから転じて、「(盲目的服従や恐ろしい犠牲を強いる)絶対的な力(制度、風習)、(戦争など)巨大な破壊力、不可抗力」「(英)大型トラック(ローリー)」などの意味もあるとか。

 ガバナンス改革、入試(高大接続)改革、グローバル化への対応、教育の質保証……。背後には財界の意志があるわけですが、官邸や文科省が仕掛けてくる大学改革ジャガーノートは、実に多岐にわたっていました。

 

 学部長になって初めての年度である2016年度は、大学のガバナンス改革、とりわけ学長選考制度の再検討に揺れた1年でした。

 関西学院大学は、古手の私学の常として、これまで営々と学長を教職員の投票で選んできました。しかし、そうしたやり方を見直そうという動きがあり、まぁいろんなことが起こりました。その余波で、私は理事長選考制度検討委員会というものに、大学側委員として参加しました(大学から学部長3名、理事会から理事3名、議長は教員でもある常任理事兼副学長)。

 いろいろありましたが、教職員による学長公選制は維持されました。2017年4月13日のブログ(https://sidnanba.hatenablog.com/entry/20170413/1492039018)にも書きましたが、学校法人全体の経営を司る理事長、法人全体の精神的支柱である院長(クリスチャンであることが条件)、大学の長である学長。それぞれが独立しつつ、そのトロイカ体制と言うか、三位一体でやっていっていただければ、というのが私の希望なのですが……。

 

 そして、2016年度に始まる4年間は、入試(高大接続)改革の疾風怒濤が駆け抜けた歳月でもありました。

 唯一楽しかった経験は、大学入学者選抜改革推進委託事業の一つとしてあった、社会科(地理・歴史・公共)の大学入試のあり方を考える委員会の末席に加わり、幹事校の早稲田大学まで通ったことでした。

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senbatsu/1412875.htm

 他方、官邸ないし文科省の進める高大接続改革に対応すべき、大学内の入試課題検討委員会の委員としては、ストレスのたまる日々でした。関学大は、かなり前のめりに高大接続改革に取り組んできたわけですが、私としては「ちょっとそれはあまりにも……」と、本当にこの山車(だし)に乗っかってていいものかと葛藤することも多かったです。

 一旦は、一般入試の受験生を含め、全受験生から民間英語検定試験のスコアを集める、その主体性を評価するといった方向に走り出していたのに対し、英語検定試験のスコア(4技能)を評価してもらいたいという受験生にはその道を開き、探求型の学習や社会体験など各自の主体的活動をアピールしたい受験生にはそのルートを用意するが、全受験生にマストというわけではないかたちにすべきである……と、そんなブレーキ役を務めたという自負はあります。

 が、政府・文科省の急な方向転換のもと、民間英語検定試験の活用も、記述式の導入も、主体性評価も吹っ飛びました。私のブレーキ役としての動きも、ただただ徒労となったわけです。

 

 最後に、グローバル化ジャガーノート。もちろん、グローバル化の流れは、生産・労働・流通・金融・情報通信・ツーリズムなど(さらにウィルスまでも)、すべての領域に及んでいますが、とりわけ大学には「グローバル人材の育成」という課題が突きつけられてきました。

 というわけで、関学大もSGU(スーパー・グローバル・ユニバーシティ)として、あれやこれやの施策を行うことになります。その一環として、数値目標にそった留学生の送り出しと受け入れが、学部には課題として与えられます。学部独自の海外研修プログラムを開発せよともいわれました。

 それから、社会学部のような文系大規模学部(学生多目に対し、それに比して教員少な目。人件費から考えれば、学校経営的にコスパのいい学部)には、SGU事業費を賄うべくさらに「稼げ!」という鞭がとびます。SGUは国の事業ですから、当然補助金で行われるべきなのでしょうが、これまで交付されてきたのは、当初こちらが想定していたものより大幅にショートした金額でした。その上、10年間の事業期間終了後は、各大学は基本的に自前でグローバル化施策を続行することを求められています。

 予想もしえないコロナショックが待ち受けているとは知らずに、他大学の動向を見つつ、大学・法人は学費値上げに踏み切りました(東京オリンピックまでは景気も持つだろう、との楽観。しかし、五輪自体がなぁ)。

 これまで米櫃として機能してきた4学部(経済学部・商学部・法学部・社会学部)は、当然、今以上に稼げというのかと反発します。そこで、全学一律値上げ分の一部を、この4学部の教育充実にまわしていいよという話が起こります。教員人件費でいえば、専任教員2名分。ただし、フリーハンドで与えられるわけではなく、SGUの数値目標達成に資することを考えよ、と言われました。

 学部長としての最終年度(2019年度)、私はその対応に追われました。

 この件への社会学部教授会の反応は、教員増やすよりも学生数減(名目上も実質上も)をめざすべきだろうというものでした。少子化の趨勢の中、それはそれでよくわかる話です。

 ですが、SGU事業のために(他にも、ロースクール等が入る新キャンパスの開設とか、理系学部の再編とか)お金を積みたい大学・法人サイドとしては、この動きに簡単に首を縦に振るわけにはいきません。それどころか、入学者数が定員よりも若干多くなるよう、合格者を出すようにとも言われました(要は学費増収の話です)。

 4学部(経済学部・商学部・法学部・社会学部)のうち、ゼミ・卒論を必修としているのは社会学部だけです。入学者数が増えれば、当然、一ゼミあたりの学生数が増えます。2年後期から2年半の間にわたり、すべての社会学部生が、学部専任教員のもと卒業論文の完成を目ざす仕組みをとっているのです。少人数教育の充実とともに教職員の側の働き方改革を考えると、どうしても入学者数は極力絞りたいのです。

 結果、社会学部の学生定員削減案は却下されました。その一方で、2020年春の入学者は、学生定員を4名程度下回るという数で落ち着きました。入学者を決めるのは(つまり、どこまで合格を出すのか)は、学部教授会の専権事項です(少なくとも関西学院大学の場合は)。合否判定の推計にあたった学部教員の方々のご尽力のおかげで、入学者は学部定員のほぼ1.00倍となりました。

 

 ま、いろんなことを、次期学部長および学部執行部に送ってしまいましたが、なんとか4年間の学部長生活を終えることができました。コロナ対応など、今後もシビアな状況が続きますが、これからは一教員として、大学・学部のためにできることを着実に遂行していきたいと思います。

 この4年間、2期にわたる学部執行部のメンバーと学部事務室の皆さんにあつく御礼申し上げます。