60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

ラストなのに新

 

アイドルファンダムに関して文章を書く機会があり、ドルネタの卒論や修論に接する機会が増え、子どもたちがそれなりにドルオタとなり、コロナ期に在宅コンテンツとして楽しむ術を知り、講義の1回分をそれで賄うようになり…といった諸事情で、在宅でアイドル界隈をうろうろしてきた。

 

そうすると、自分なりの推し傾向がみえて(あぶりだされて)くるのだが、
・長のつく仕事をしていて、日々「運営(大人)しっかりしろよ」と言われる反動で、言う側に回りたくなる(→相対的に不憫なアイドル(グループ)好き)
・まったく未知の世界だった、大規模事務所ないし大所帯アイドルの「関係性(相関図)消費」について、なんとなく悟る
・だが、生来の声フェチ(しかも、パワフルゆえのひずんだ声好き)のため、多人数歌唱(ユニゾン、細かな歌割り)は苦手
・すごいとは思いつつ、頭身の過剰な揃い過ぎに違和感を覚え、K方面にはあまり行かず…

 

さて、初期のバトルがえぐすぎてついていけなかったラストアイドルだが、やっぱ再始動に関しては、不憫の上塗りという感じが否めない。ビジネスという以上の熱量が、今後注ぎ込まれることがあるんだろうか。ラフ×ラフには運営の愛を感じるが。

 

アマゾンプライムで徳山大五郎が見られるようになったタイミング(1期生の主要メンバー大量卒業・脱退の時期)で、息子と欅坂方面に行き、とりわけ不憫の塊(期別曲・番組・ライブ一切なし)の旧2期ハコ推しと言っていた時期もあったが、徐々に卒業も始まり、3期は幸せそうなのでそろそろオタ卒かなぁとも思う(ただし、3期生がクイズコーナーにて、櫻の画数が21と早わかりしても、その理由を言いづらそうにするといった闇は依然)。

 

セルフプロデュースの生ハムと焼うどんが喝破したように、大人への反抗の曲を大人に与えられてるの変じゃん、はありつつも、最近宇宙人になられた方のパワーで押し切っていた1期。でも、そんな奇蹟的な出会いは、いつまでも続かず。さらに2期からも、1期のアタリ路線の延長線上で振舞わざるを得ない枷を感じる。そうしたもろもろから解放されて、3期には幸せになっていただきたいが、迷走推し・不憫推しの琴線にふれるかどうかは…

 

まぁ、ひずんだ声好きゆえ、アイナ・ジ・エンドがドル卒しても、日向ハルは追う(朱里エイコ好き小学生の魂、百まで)。きれいな歌声よりも声のクセ重視という点で、坂道系なら很喜歓拉面と嚕嚕嚕に期待大。あと、ナレーターとしてponpon・奥空・城主は、驚くほど有能だと思う。

 

ともかく鋼琴練習室さんは売れるんだろうなぁ、と思う今日この頃。

 

今日は大阪市内に出て会議。

 

 

付記)不憫推しにとり憑かれると、さらに不憫な状況に陥るというパラドクス、迷走推しにとっては、迷走する運営こそが好物という倒錯。