60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

ぼくを探していた頃



「ぼくを探していた頃」(2016年5月6日付日経新聞夕刊)

 先日行われた全国学力テストを眺めていて、とても懐かしい気持ちにおそわれた。中学・国語Aの第一問目に、シェル・シルヴァスタインの絵本『ぼくを探しに』(原題ザ・ミッシング・ピース)を題材とした設問があったからである。
 この本の日本語版(倉橋由美子訳)が出たのは、今から約40年前のことだ。ホールケーキを8等分するとして、全体から1ピース分(中心角45度くらいの円弧状の部分)を抜いたような形の「ぼく」が、その足りないかけらを探してコロコロ転がっていくという物語。昔のテレビゲームのパックマンみたいなものが、主人公なのである。旅の途中、欠けている部分にはまりそうなピースと出会うのだが、大きすぎたり、小さすぎたり、またあるものは尖りすぎていて合わなかったり…。
 私はこの絵本の存在を、内田善美の「空の色ににている」という少女マンガで知った。1970〜80年代、中学から大学にかけての時期、『りぼん』『ぶ〜け』など集英社の少女マンガ雑誌を読みふけっていた者にとって、内田善美は特別な存在だった。私は、自分にとって生涯ベストのマンガあげよと言われたら、瞬時に、一切のためらいなしに「空の色ににている」と答えるだろう。
 そして1983年、大学4年生の就職活動の時期に、『ぼくを探しに』という絵本は、私にとって非常に大きな意味をもつ一冊となる。
 当時から、今でいう「エントリーシート」を志願者に課していた広告代理店の、その自己紹介欄(A4一枚くらい)を埋めるために、『ぼくを探しに』を引きつつ作文をしたのである。文章だけでは伝わりにくいので、絵本のぼくを模した絵を、エントリーシート上にたくさん描いた。要するに、現段階では完成度が低いかもしれないが、自分の足りない部分を埋めようと試み続ける人間である、長い目で見てやってほしいと言いたかったのだと思う。
 三次の面接まで進んだ際には、このエントリーシートに関して、なに落書きみたいなことしてるんだ!と、軽く圧迫された記憶がある。
 今から考えると、あのエントリーシートでよく拾ってもらえたものだと我ながら思う。入社後、例の面接官の方が、関西支社のクリエイティブディレクターであることを知った。初対面の印象の刷り込みはなかなか大きなものがあり、配属前面談の際には、関西の制作室ではなく東京に残してほしいと訴えた。別にそれが考慮されたわけではないだろうが、東京配属となった。あれからもう30年以上たったんだなぁ。
 最近、あの時面接官だった方の訃報に、新聞紙面で接した。国際的な広告賞にも輝いた名作CMの制作者としてよりも、会社を退職後、大学で教鞭をとられたことよりも、「キューティーハニー」の作詞家死す、といった扱われ方が意外だった。
 というか、あの主題歌の作詞者だったと初めて知った。倖田來未によってリバイバルヒットとした「この頃はやりの女の子 おしりの小さな女の子…」という曲だ。まさかあのこわい面接官が、イヤよイヤよイヤよ見つめちゃイヤー、とはねぇ。
 将来が見えず、エントリーシートにぼくを書き散らしていた頃のことを、学力テストを前にして思い出していると、妙に切ない気分にもなってくる。だってなんだか、だってだってなんだもん。


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今日は保健館、用事、チャペル、3年ゼミ、会議な一日。
合間をぬって原稿書きなど。