60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

「広告」に明日はあるのか、ないのか、どうなのか。(4)広告はいったん置いといて「PR」について考える。

 広告(アドバタイジング)、宣伝(プロパガンダ)、PR(パブリック・リレーションズ、広報)は、いずれも非常に曖昧な定義、人それぞれの用法において使われており、これら三者が互換的に用いられることもしばしばです。とりあえず、広告・宣伝は、送り手から受け手への一方向的な情報伝達を、PRはリレーションズというくらいですから、送り手と受け手との双方向的な関係性を指すものとしておきます。そして、広告はもっぱら商品の販売促進を、宣伝はある思想や意見の普及・浸透を目的とする、という違いがあるものとしておきます。

 でも、本来は「広報・公聴」の意味合いだったPRから、公聴の側面は失われがちで、PRも送り手から受け手に向けてのパブリシティの意に使われることが多く、広告・宣伝との差異は明確ではありません。広告と宣伝とPRは、多くの重なる部分を持ちつつ、それぞれがそれぞれを包含しようとしたり、融合しようとしたりの、集散離合の繰り返しを続けてきました。

 そして、「広告」がどうしてもマスメディア上の一定の枠(時間帯やスペース)内にある存在とみなされがちである以上、マスメディアのシェア――媒体別広告費におけるシェアという意味でも、人々のメディアに費やす時間のシェアにおいても――が逓減する中で、より包括的な概念として「PR」が、「広告」を包摂するものとして立ち現れる可能性もアリだとは思います。

 しかし、私の見立ては、「PR」概念も「広告」概念と同様に、その存在感や有用性を今後減じていくのではないか、というものです。

 

 これまで、「広告」の危機を先駆的に象徴したものとして、「Cannes Lions(カンヌ・ライオンズ)」の変遷がよく言及されてきました。2011年に、それまでCannes Lions International Advertising Festival(カンヌ国際広告祭)と呼ばれてきたイベントは、Cannes Lions Festival of Creativityへと改称されました。

 カンヌ・ライオンズはもともと、有名な映画祭に付随したアドシネ(映画館でかけられる広告)のフェスティバルとして始まり、テレビCMの全盛期には、そのFilm Lion部門のグランプリを獲得することが広告界随一の栄誉であり、「コマーシャルのワールドカップ」とも称されていました。しかしそのフェスティバルが、12年前に「広告」の語を捨てたのです。

 2023年現在のCannes Lionsは8部門29カテゴリーに分かれて作品募集・審査・表彰が行われています。その8つとは、卓越した表現技術Craft、人々に提供される経験Experience、人々との(人々同士の)つながりEngagement、新たな戦略Strategy、オーソドックスな広告であるClassic(下位カテゴリーはFilm、Outdoor、Print&Publishing、Radio&Audio)、人々の健康な生活に寄与するHealthSDGsなど社会的に有意義な施策を顕彰するGood、人々のつながりや文化的なインパクトをもたらすEntertainmentとなります。そして、これらの部門・カテゴリーに収まらないような、斬新なアイディアや手法に対してはTitaniumグランプリが与えられます。

 昔ながらのテレビCM、屋外広告、新聞・雑誌・ポスターなどの印刷広告、ラジオCMなど音声広告等々は、それこそClassicなわけです。かつてはフェスティバルの花であったFilm部門も、今では29カテゴリーの一つであり、フェスの話題を独占!というわけにはいきません。

 

 で、PRというカテゴリーなのですが、Engagementのもとにある6つのカテゴリーのうちの一つになります。このEngagement部門は「いずれかのタッチポイントにおいて人々のこころをとらえるインサイトに富んだクリエイティビティを表彰するものCelebrating insightful creativity that captivates at every touchpoint.」と規定されています。なので、Engagementのもとには、消費者へのダイレクトな接触(Direct)、インフルエンサーによる拡散(Social &Influencer)、対企業のコミュニケーション(Creative B2B)なども含まれます。要するに、人(ないし組織)と人(ないし組織)との何らかの接点(タッチポイント)を、ユニークな方法で、より効果的に創出した施策全般が表彰される部門なのです。

 そうした漠とした部門の中でも、PRはもっとも漠然としたカテゴリーのように思えます。具体例を挙げると、日本からのエントリーのうち、唯一PRで入賞したのは、日本経済新聞の「Well-being Initiative」(シルバー)でした。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB227OP0S3A620C2000000/

https://asia.nikkei.com/Announcements/Nikkei-Dentsu-win-Cannes-Lions-gold-medal-for-Well-being-Initiative

 日経のホームページ(https://well-being.nikkei.com/)によると、GDPとは異なる、GDW(Gross Domestic Well-being)という新たな指標によって、各国の人びとの生活の充実度をはかろうというプロジェクトを電通とともに立ち上げ、国内外の大学の協力、企業の協賛などをえてスタートさせたということのようです。寡聞にしてわたしはこの指標のことを知りませんでしたが、それなりの広がりをもっているからこそのPRシルバーだったのでしょう。なお、この「Well-being Initiative」は、Experience部門のCreative Business Transformationカテゴリーでゴールドを、Good部門のSDGsカテゴリーではブロンズを獲得しています。

 こうした事例を見ると、やはりもう広告祭ではありません。もちろん、日本からテレビCMないしWeb動画でエントリーし、Craft部門などで入賞する例も依然ありますが、「Well-being Initiative」は「ビジネスの転換を創造Creative Business Transformation」したことで金賞に輝いたわけです。まさにFestival of Creativity。

 

 初回に紹介したTCC賞は、広告コピーへのこだわりを残していますが、かつて日本国内の年間最優秀CMを決めてきたACC(全日本CM放送連盟=All Japan Radio& Television Commercial Confederation)賞は、2017年からACC TOKYO CREATIVITY AWARDSとなり、コマーシャルの巧拙からクリエイティビティ全般へと評価の重心を移しました。Cannes Lionsに追随した動きと言えるでしょう。今秋、2023年ACC賞が決まりますが、カンヌ・ライオンズでいうところのクラシックな部門以外にも、マーケティング・エフェクティブネス部門、メディアクリエイティブ部門、クリエイティブイノベーション部門などが設けられています。

 そうした中、ACC賞に依然存在する「PR部門」はどのような結果となるのか、その受賞作は他の部門でも重複して評価されるのか否か。

 そこでも「PR」というカテゴリーないし概念の独自性、有用性が問われることになるでしょう。さて、今後「PR」はどうなるのか。

 今のところの私の予想は、ゆくゆくは「PR」が(そしてひょっとしたら「広告」「宣伝」も)「エンゲージメント」概念へと統合されていく未来です。