60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

(講義関連)アメリカ(23) 戦時中、脅威であり、驚異であったアメリカ

(ポピュラー・カルチャー論講義補遺)「アメリカ」を考える(23) 戦時中、脅威であり、驚異であったアメリ

 

 これまで幾度となく言及してきた小田実アメリカ』(角川文庫、1962→1976年)ですが、再度その解説(室謙二)から引いておきます。

 

601-2p「大ベストセラーになり、小田実を一挙に有名にした『何でも見てやろう』は、こういう文章で始まっている。/「ひとつ、アメリカへ行ってやろう、と私は思った。三年前の秋のことである。理由はしごく簡単であった。私はアメリカを見たくなったのである。要するに、ただそれだけのことであった」/この一見なにげないような気楽なポーズの文章のうらに、気負いと、重たいものがあった。/一九七一年(昭和四六年)になって小田実はこう書く。(略)「ものごころついてから、私の前にはいつでも『アメリカ』があったような気がする……私のこころ、というよりはおそらくからだの奥深いところに『アメリカ』があって、それはたとえば……文部省の発行した『民主主義』という教科書のなかの『アメリカ』、チューインガムを私に投げあたえた『アメリカ』、私のまわりに火焔をもたらし、すべてを焼きつくした『アメリカ』……」

 

 1932年生まれの小田にとって、アメリカはきわめてアンビバレントな存在でした。少国民として鬼畜米英を叩き込まれ、かつ圧倒的な物量によって厄災をもたらしたアメリカが、戦後は恩恵をもたらすものとして称揚されていきます。

 戦前のアメリカニズムの隆盛を知る、もう少し上の世代にとっては、さらに複雑な感情を抱いていました。戦時中の文学者・知識人の日記をもとに、菅原克也は次のように論じています(菅原克也「脅威と驚異としてのアメリカ」遠藤泰生編『反米:共生の代償か、闘争の胎動か』東京大学出版会、2021年)。

 

225p「大きいこと、大きくあろうとすることに本質的な性格をあらわすアメリカ。大きいがゆえに、他に及ぼす影響が、その運命を左右する存在となるアメリカ。戦中、戦後をアメリカの影の下に生きた人々のなかに、このようなアメリカを思い描いた日本人たちがいたということを、ここに確認することができるだろう。彼らがイメージとして抱いていたのは、まさに脅威と驚異という同音異義語によって表される感情と反応を引きだす、巨大なアメリカであった」

 

 アンビバレンスの感情は、アメリカという概念に対してだけではなく、その一つの象徴としてのB-29に対しても向けられていました。

 

173p「日記や懐旧談には、いま見てきたように、B-29について美しかった、あるいはきれいだったとする記述が、しばしば現れる。実際、東京上空にその姿を初めて見せたときは、晴れた晩秋の空という、飛行機を地上から観賞するにあたってうってつけの条件があった。太陽光に無塗装ジェラルミンの機体をきらめかせながら、飛行機雲を引きながら高々度を飛んでいく一機のB-29。また、撃ち上げられた高射砲弾が咲き乱れるような弾幕を形づくる。命の危険さえなければ、さぞかし美しい光景だったであろうことは容易に想像できる」(若林宣B-29の昭和史:爆撃機と空襲をめぐる日本の近現代』ちくま新書、2023年)

 

 その半年後には、とんでもない災難を東京、さらには日本全土にもたらすことになる、美しい凶器。小説の中の話ですが、その時京都で一人の若い僧侶が次のように考えていました。

 

60-1p「昭和十九年の十一月に、B-29の東京初爆撃があった当座は、京都も明日にも空襲を受けるかと思われた。京都全市が火に包まれることが、私のひそかな夢になった。この都はあまりにも古いものをそのままの形で守り、多くの神社仏閣がその中から生まれ灼熱の灰の記憶を忘れていた。…私はただ災禍を、大破局を、人間的規模を絶した悲劇を、人間も物質も、醜いものも美しいものも、おしなべて同一の条件下に押しつぶしてしまう巨大な天の圧搾機のようなものを夢みていた。ともすると早春の空のただならぬ燦めきは、地上をおおうほど巨きな斧の、すずしい刃の光りのようにも思われた。私はただその落下を待った。考える暇も与えないほどすみやかな落下を」(三島由紀夫金閣寺新潮文庫、1960年、2013年改版)

 

 この夢はかなわず敗戦を迎え、酔っぱらった米兵と「外人兵相手の娼婦だと一目でわかる真っ赤な炎いろの外套を着、足の爪も手の爪も、同じ炎いろに染めていた」女とが金閣寺ジープで乗りつけたりもします。三島(作品)とアメリカとの複雑な関係については、南相旭『三島由紀夫における「アメリカ」』(彩流社、2014年)、遠藤不比人「症候としての(象徴)天皇アメリカ:三島由紀夫の「戦後」を再読する」(遠藤編『日本表象の地政学:海洋・原爆・冷戦・ポップカルチャー彩流社、2014年)など参照のこと。

 とくに三島の『美しい星』は、米軍基地(の跡地)に飛来するUFOを軸に話が展開する、なんとも解釈の難しい小説で、1962年(自決する8年前)に発表されています。圧倒的な物量と民主主義の理念とで日本に優越し続けたアメリカ。三島がそれに対峙させようとした「日本」とは何だったのか。事後半世紀以上を経っても、解けない謎として存在し続けています。

 

留学生から貰ったお土産。四季の栞らしい。

 

今日は3年ゼミなど。