60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

(講義関連)アメリカ(20)クヒオ大佐、米軍に憧れた結婚詐欺師。

(ポピュラー・カルチャー論講義補遺)「アメリカ」を考える(20)クヒオ大佐、米軍に憧れた結婚詐欺師。

 

 1984年6月17日付『朝日新聞』には、「化けも化けたり結婚詐欺男 金髪に染め隆鼻術、米軍人姿 「私…英王室の出」 4500万円だまし取る」という記事があります。もう少し記事を引用すると

 

「頭などを金髪に染め、整形で鼻を高くしたうえに米軍の服を着て米空軍大佐を名乗り、「私は英王室の出だ。結婚しよう」と中年の女性をだまし、計四千五百万円をだまし取った男が十六日までに警視庁三田署に詐欺の疑いで逮捕された。また同署は十六日男の自宅を手入れ、西独製ワルサー22口径ピストル一丁と、実弾二十三発を発見、押収した。この男は、取り調べた同署員も本物のアメリカ人と見間違えるほどで、過去に同じ手口の詐欺などで七回検挙されているほか、さらに結婚詐欺などの余罪があるとみて同署は追及している」
「逮捕されたのは、東京都杉並区下高井戸五丁目 無職鈴木和宏(四二)。調べでは、鈴木は五十七年十月ごろ、友人から紹介された東京都渋谷区在住の女性A子さん(五一)と交際、「自分はプリンス・ジョナ・クヒオといい、米空軍大佐だ。英国のエリザベス女王は双子で、その妹の方が私の母だ」などと身分を偽って結婚を迫った。(略)鈴木は英語は実際にほとんど話せないが、外人風イントネーションの日本語に英単語を交えてだましていた」
「着けていた米軍の制服はハワイで百五十㌦(約三万五千円)で買ったと話しているが、米大使館は同署の照会に「米軍の服ではない」と言っている。/鈴木のだまし方は、時にたどたどしい日本語を使って二世のふりをしたり(新潟市のOLのケース)、A子さんには「いまイスラエル上空の戦闘機内にいる。横田基地を中継して電話している。近く日本に行く。会ってくれ」ともっともらしく電話、そばに録音機を置いて爆音を入れるなど手の込んだもの。五十六年に結婚した本妻(四一)も、鈴木が逮捕されるまで、米軍人と思い込んでいたという」

 

 まあこれだけ面白い事件だと、当然小説となり、映画化もされました(2009年、堺雅人主演)。ちなみに「クヒオ」は、旧ハワイ国王子の名前から。カメハメハ大王の末裔とも称していたようです。

 以下は、映画の原作となった𠮷田和正『クヒオ大佐』(幻冬舎アウトロー文庫、2009年)に登場する記者の語りから。

 

36p「彼の父親や兄は公務員として無事に勤め上げた人だけど、クヒオ一人が定職に就かず、あっちへ行ったりこっちへ行ったりフラフラして、まわりに迷惑ばかり掛けている。彼の父親がポツリと漏らしたことだけど、クヒオが子供の頃、オホーツク海に面した岬に戦後のある時期、米軍の通信隊が駐屯していたそうなんです。クヒオが米軍に憧れるようになったのは、それが彼の原風景にあるのかもしれない、と父親は慨嘆していましたよ」

 

 クヒオ大佐こと鈴木和宏は、戦時中に北海道網走市に生まれたとされています。網走郡には美幌航空基地などもありますが、オホーツク海に面した岬ということは、能取岬でしょうか。近くには航空自衛隊網走分屯基地が現在もあるようです。

 鼻の整形(隆鼻術)に関して、我妻洋・米山俊直『偏見の構造:日本人の人種観』(NHKブックス、1967年)を引いておきたいと思います。

 

25-6p「アメリカ文化との接触の、規模の大きさと影響力の強さとは、明治の文明開化とか、大正の舶来尊重などの比ではなかった。それは、“接触”などという生(なま)やさしいものではなかった。アメリカ文化は、それこそ堤を切った水のように日本に流れこみ、日本を浸した。その水の上には、児童憲章からチューインガムに至るまで、アメリカ文化のあらゆる要素が、雑然と浮流していた。この大洪水の中で、日本女性の化粧も、烈しく変化した。黒い髪をオキシフルで脱色させ、黄色とも錆色ともつかぬ縮れ毛を喜ぶ異常な傾向は、さすがに一時期で消えたが、髪を(又はその一部を)紫色や赤褐色に染めることは、現在でも、一部の女性間に行われている。パーマネントは、それこそ全国津々浦々に普及し、武士が獣の毛と呼んだ縮れ毛が、珍しくなくなった」
27p「現代の日本において、白人に少しでも似ている方が、日本人の容貌にとっても好ましいと考えられているのは、二重瞼と高い鼻筋だけではない。そもそも、女性のヒップだのバストだのの寸法を取沙汰するのは、西欧の白人の間に、特にアメリカ人の間に生じた習慣である。身体上の起伏を消してしまう着物を着ていた日本の女性については、胸の大きさだの腰の細さなどが、少なくとも容姿の外見の条件としては、あまり問題にされないのが、日本の伝統であった」

 

 同書の言うように「日本の敗戦と、連合国軍の進駐につづいて、諸制度のおびただしい変革が、アメリカの指導や命令のともに、アメリカをモデルとして、行われた」(25p)なか、人々の容姿への美意識がある時期まで、欧米の人びと、とりわけ白人コーカソイドを基準としていました。クヒオ大佐≒鈴木和宏の犯罪は、営利目的という以上に、子ども頃憧れた米兵への同一化を動機としていたように思えます。

 

 

クレーン!

 

今日は研究会で大阪まで。