60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

「広告」に明日はあるのか、ないのか、どうなのか。(1)TCC賞既視感の正体

 以前はネット記事のかたちで、広告時評のようなものを書かせてもらう機会もあったのですが、それらサイトと最近は疎遠になっていたりするので、この場に随時あげていこうと思います(noteとかよくわからないし)。

 後期の授業準備もあって、徐々に「広告」について考え始めているのですが、なかなかエンジンのかからない状態が続いています。他人や状況のせいにするのはなんですが、一昨年は東京オリンピックパラリンピックがあり、広告業界がもろもろ話題となった年でした(今もなお…)。昨年は、2年目を迎えたYouTube Works Awards Japanが本格的な展開をはじめ、「恋するチャミスル」(眞露)など快作メジロ押しで盛り上がりをみせたのが、個人的にはツボでした。それに引きかえ今年は……。

 こちらの視野の狭さゆえかもですが、特に大きな出来事もないように思えてなりません。2023年のCannes LionsではAIを逆手にとったものとか、YouTube Works Awardsでは倍速視聴を逆手にとったものとかが面白かったけれども、まぁ時事ネタ・時局ネタで、今後の何かの大きな動きや新たな予兆を、そこに感じるとることはできませんでした。

 この7月に発表された2023年TCC(東京コピーライターズクラブ)賞の受賞作も、それぞれ評価されてしかるべき出来ばえでしたし、TAROMAN(NHKが「展覧会 岡本太郎」を盛り上げるために作った「TAROMAN岡本太郎式特撮活劇」のシリーズ)の爆走もありましたが、どこか既視感を覚えるラインアップではありました。この既視感を成熟ととらえるべきなのか、停滞ととらえるべきなのか。

 そうした疑問から、ここ10年のTCC賞受賞作を振り返りみて、若干の分析を試みたので、今回はその報告をしたいと思います。

 言うまでもないことですが、TCC賞は広告の制作者たちが、自らの手でつくりあげたクラブ組織によって、その年の仕事をお互いに顕彰しあう仕組みです。もう60年以上の歴史があり、毎年の「広告年鑑」(以前は「コピー年鑑」)は、戦後社会史の貴重な史料、アーカイブだと思います。

 その審査の方法は、時代の流れとともにそれなりに紆余曲折はありましたが、この10年に関して言えば、年間最優秀作であるグランプリの候補が十数本ノミネートされ、それらがTCC賞として顕彰されることが恒例となっているようです。というわけで、2014年から2023年までの10年間、グランプリないしTCC賞の受賞作は計144点存在します(私一人が手計算でやっていることなので、以下若干の数値の誤りはあるかもですが、大まかな流れをつかむものとご理解ください)。

 それらをざっと眺めてみて、まずは受賞作の「広告主」をピックアップしてみました。合計で71社・団体あります。意外と多様な広告主が受賞対象となってきたように思えましたが、以下登場回数のベスト10をあげると

 

1

サントリー

12回

2

大塚グループ(製薬・食品)

10回

3

大日本除虫菊

8回

 

ストライプインターナショナル(旧クロスカンパニー)

8回

5

日清食品

6回

 

キューピー

6回

7

住友生命

5回

8

本田技研工業

4回

 

KDDI

4回

 

宝島社

4回

 

 上位10社で約46.5%(67/144)の占有率となります。

 今度はクリエイターごとにみてみましょう。何名かでの共作することもよくあることなので、その場合には1ポイントを単純に頭割りしてみました。その作品の作者として2名あがっていれば、それぞれに0.5ポイント。3名いれば、0.33ポイント、4名ならば0.25ポイントといった具合です。

 グランプリ受賞作は2ポイントとするといったやり方もありえたかもですが、少し話が複雑になりすぎるし、はたして2ポイントが妥当なのか問題も誘発しそうなので、ともかくグランプリ&TCC賞144作品を計144ポイントとして計算してみました。

 

1

福部明浩(catch)

11

2

福里真一(ワンスカイ)

9.5

3

多田琢TUGBOAT

8.33

4

麻生哲朗TUGBOAT

8

5

児島令子児島令子事務所)

7.5

6

秋山晶(ライトパブリシティ)

6

7

古川雅之(電通関西支社)

4.83

8

山崎隆明(ワトソンクリック)

3.83

 

直川隆久(電通関西支社)

3.83

10

権八成裕(ゴンパ、シンガタ)

3.33

 

 こちらの上位10名での占有率はおよそ45.9%(66.15/144)となります。

 広告主にせよ、制作者にせよ、適宜新規の参入はありつつも、おおむねいつもの顔ぶれが頑張り続けた10年間との印象を私は受けました。まぁ、それゆえの「既視感」だったのでしょう。

 最後に受賞クリエイターの所属についてカウントしてみました。人の移動の激しい世界なので、所属の変化もよくありますが、ここでは属人ではなく、組織ごとに集計してみました(フリーランスの場合は、その個人事務所にてカウント)。

 

1

電通(関西・中部・九州を含む)

49.33

2

TUGBOAT(TUGBOAT3含む)

16.83

3

博報堂

11.83

4

catch

11

5

ワンスカイ

9.5

6

ライトパブリシティ

7.5

 

児島令子事務所

7.5

8

ワトソンクリック

4.66

9

株式会社照井晶博

2.5

10

ゴンパ

2.33

 

 TUGBOAT、ライトパブリシティなどはクリエイティブエージェンシーないし制作プロダクションとなるでしょうが、1位と3位の広告会社以外は、あとは個人経営という感じだと思います。こちらの上位10社(?)の占有率は、約85.4%(123/144)。圧倒的ですね。とくに雲霞の如くと言っては失礼ですが、次々と登場する電通のクリエイター陣は圧巻でした。

 

 あとは媒体種別で経年変化を追っても面白そうですが、多くの媒体をクロスさせたキャンペーン全体が受賞対象となっていることも多く、なかなかきれいに仕分けできそうにありません。参考までに23年度の15作品に関して言えば、エントリーされたものがTVCMのみのケースが5作品、WebMovieのみが2作品、ポスターのみが1作品。それ以外はいくつかのメディアの併用で、TV&Webが1作品、TV&ポスター1作品、ポスター&Webが1作品、アドボード&屋外広告2作品、TV・Web・ポスター・雑誌・その他販促物にまたがるもの1作品、その他映像1作品となっています(これはエントリーされたものだけの話なので、実際にはもっと複雑なメディアミックスが実行された可能性は大です)。

 新聞がないのが寂しいかぎりです。還暦を過ぎた人間にとっては、20世紀的なマス4媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)上に存在するのが「広告」であるとほぼ言い切れた、30年前の単純さが懐かしかったりします。「広告」は大衆にあまねく届くものというかつての大前提……。

 

 申し訳ないことに、2023年の受賞作のほとんどが初見でした。いちおう広告関連の授業を半期は担当している身なので、それなりに気にしているつもりなのですが(恥)。

 広く皆が知る「広告」は、やはり減少しているように思えてなりません。また、この10年の広告主やクリエイターの常連感を見るにつけ、斬新な「広告(表現)」は希少化の道をたどっているように思えます(それがこちらの加齢による感受性の摩耗でないことを願います)。大量生産(マス・プロダクツ)・大量消費(マス・コンサンプション)を前提とした大量伝達=マスメディア広告という仕組みが一部残存しつつも、パーソナルなメディア、ネットワークを介した生産・流通・消費・情報共有が一般化する中で、「広告」概念にこだわることに意味があるのか、ないのか、どうなのか。

 おいおい考えていきたいと思います。