60歳からの自分いじり

恥の多い生涯を送って来ましたが、何か?

「広告」に明日はあるのか、ないのか、どうなのか。(13)The Big OneからAirまで。1980年代的な消費社会論が消費されてのち、四半世紀が経過しました。

 今春公開された映画「Air」。1984年のNikeが舞台で、CEOフィル・ナイトからバスケットシューズ部門の立て直しを命じられた主人公が、まだ無名だったマイケル・ジョーダンと契約を結び、それがAir Jordanの大ヒットへとつながり、ライバル社に圧倒的な差をつけていく…、というほぼ実話なサクセスストーリーが描かれていました。

 一方、今から四半世紀前の春、「The Big One」という映画が一般公開されています。監督はマイケル・ムーア。突撃取材を持ち味とする映画監督、ドキュメンタリー作家で、2002年の「ボウリング・フォー・コロンバイン」で日本でも知られるようになりました。しかし、その作風・手法はデビュー作「ロジャー&ミー」(1989年)以来のもので、この時は、GM企業城下町であった故郷での工場閉鎖と、それにともなう住民たちの生活の困窮を追い、ついにはGMの社長にアポなし取材に至ります。

 そして「The Big One」では、ナイキのフィル・ナイトもターゲットとなります。

Michael Moore - The Big One (1997) - Movie Trailer - YouTube

 このトレイラーでは、ブルース・ブラザーズジョン・ベルーシ)風のマイケル・ムーアが、ウォールストリートの大金持ちたちを成敗するコメディにみえますが、内容はやはり突撃取材実録ものです(本編もYouTubeにあがっているのですが、それへのリンクを貼るのはためらわれたので、興味のある方は探してみてください)。

 さて、フィル・ナイトへの突撃の内容ですが、問題とされたのは、開発途上国でのsweat shop(搾取工場)、とりわけそこでの児童労働です。ナイキのシューズなどの生産過程について、マイケル・ムーアは問いただし、フィル・ナイトに現地に一緒に行こうと航空券を渡そうとします。

 前々回述べたように、消費に浮かれた1980年代が過ぎ、当時、今でいうエシカル消費的な議論が起こり、商品の生産過程などをめぐって企業の社会的責任が問われ始めていました。広告業界周辺でもこの20年来、CSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス法令遵守)、CSV(共有価値の創造、creating shared value)、ソーシャル・グッド、SDGs、ELSI(倫理的・法的・社会的課題、ethical, legal and social issues)、ESG(environment, social and governance)、GX(green transformation)等々の言葉が飛び交ってきました。

 では、なぜこうした方向転換がなされたのでしょうか。もちろん、バブル崩壊、9.11、リーマンショック、3.11などが背景にあったわけですが、企業側に変革を迫った広範な動きがあったのも事実です。

 これもトレイラーだけを貼っておきますが、映画「Battle in Seattle」(2007年)は、1999年シアトルでの反WTO世界貿易機関)運動を描いた作品です。

ChanningTatumUnwrapped.com - Battle in Seattle Trailer - YouTube

 anti-globalismを掲げる人々が世界中から集まり、閣僚会議の阻止を試み警察と衝突します。また1990年代以降、anti-globalismを標榜するデモの中で、批判対象とされたグローバル企業の店舗が襲われることもしばしばでした。グローバルなアパレルブランドとなり、sweat shop 問題を指摘されたNikeもそのターゲットとなります。

 今年出版された“Anti-Consumption: Exploring the Opposition to Consumer Culture”(反消費:消費文化への反対を探求する)の「消費者のボイコットへの参加(Consumer Boycott Participation)」という章にも、「スポーツウェア・メーカーのナイキへのボイコットは、1997年から99年にかけて、台湾の製造業者による非人道的な労働条件のため起こった」とあります。ちょうど「The Big One」の制作・公開の頃です。

 後発ながら果敢に先行するブランド(コンバースリーボックアディダス、プーマetc.)に戦いを挑み、クールな選手へのスポンサーシップとその広告への起用で、若者たちを中心に支持を広げ、売り上げを伸ばしてきたナイキにとって、さまざまな批判の矢は不意打ちのように思えたことでしょう。それ等への対応に取り組み始めたこの頃が、一つの大きな転換点でした。

 それ以降ナイキは、ジェンダー平等(とくにスポーツにおける)や障がい者スポーツ、セクシャリティの多様性などをモチーフとした広告や企業活動を世界中で展開していきます。たとえば日本では、高校球児に個性と自由をといったCMで話題を集めました(このCMから10年、坊主頭ではないチームが甲子園で優勝しました)。

 

www.youtube.com

 そしてナイキは、コリン・キャパニックというアメリカン・フットボール選手をサポートし、広告に起用し続けます。キャパニックは、アメリカにおける黒人など有色人種への差別に抗議し、試合前の国歌斉唱の際に起立を拒否しました。そのためキャパニックはNFL側や世間からのバッシングにあい、キャパニックのスポンサーであるナイキ製品の不買運動も一部で起こります。しかし、ナイキはキャパニックの広告起用をやめず、BLM(ブラック・ライヴズ・マター)にコミットする姿勢を取り続けます。

 そんな激動の時期を乗り切って、世間からの評価も安定したからこそ、初期ナイキを懐かしみ、デビュー時のマイケル・ジョーダンを振り返るような映画が制作・公開されたのだと思います。

 ともかく、最近ではさまざまなポレミック(争点の多い)なテーマに関しても、企業は旗幟鮮明にすべきというのがトレンドのようです。Corporate Social Advocacy(企業による社会的立場の表明)、略してCSAが、単なるバズワードに終わるか、はたまた日本社会に定着していくのか。

https://prnews.io/blog/corporate-social-advocacy.html

 企業活動の全般が世間の目にさらされ、消費者との接点は多様化を続け、つねにその道義性を問われている現在、企業と人々とのコミュニケーションにおいて「(これまでの意味での)広告」が担う役割は、より低減していくことはたしかでしょう。